大学在学中、私もご多分にもれず他の学生と同じように省庁主催の業務説明会によく出かけたものです。説明会では仕事の内容について、現職の課長補佐が詳しくレクチャーをしてくれます。参加した学生は、それを機に官僚への憧れを漠然とした形で抱くこととなり、国家試験に挑みます。なぜ役人になったのか?省庁に内定をもらった彼らの大部分は大体こういうようなことを答えると思います。「日本を建て直したい」と―。

 しかし、純粋な青雲の志も組織に入れば組織の論理が優先されます。深夜にまで及ぶ長時間労働、終電はとっくにありませんからタクシーで帰宅。家に着くのは朝方になることも多々あり、睡眠時間がほとんどないときもあるそうです。先般、「居酒屋タクシー」が巷で問題となりました。職員個々の倫理の欠如の問題もありますが、それ以上に病巣の根はずっと深層部分にある気がします。

 日本は役人天国――。役人は時期が来ればどこかに天下ります。現在、およそ2万7000人もの官僚が4600ほどある公益法人に天下りしています。その公益法人に半年間で約5兆9000億円(消費税約2%分)もの税金が流れています。かつて青雲の志を抱いた天下り官僚も、全体として見れば、私欲を追求し国益を損ねる行為を犯し続けています。天下り先の報酬は、現役時代の未払い分の給与だという認識でいるのでしょう。

 国・地方合わせ約1000兆円の借金が厳然として存在する日本。この1000兆円もの巨額の負債をいったい誰が作ったか?政治家と官僚です。そして、この巨大な借金をいったい誰が返すのか?借りた当人たちはどんどん亡くなっていっています。われわれ世代も返す分以上の借金をこしらえて死んでいくのでしょうか?

 そんな中、中央集権体制は徐々に五衰を見せ始めています。課題が山積する中、少しずつではありますが、地方分権体制にベクトルが向き始めています。国も県も市町村もみな借金まみれで金がない。もはやかつてのような相互依存関係は本質的に成り立たなくなっているのです。ならば、少しでも早く自立に目覚めた自治体が勝利を収めるのは当然の理ではないでしょうか。

   今の時代は幕末に似ていると思います。当時、中央統治機構であった徳川幕府の統制が弱まる一方で、西国の雄藩である薩摩藩は債務整理に砂糖専売、琉球貿易拡大など藩政改革を断行し、財政を好転させることに成功、洋式軍備を整え工場を設立するなど独自の富国強兵に努めました。このような先見と決断、実行が後の維新成功への基礎となりました。早晩、薩摩藩のような自治体が日本のあちこちで台頭してきてもおかしくありません。地方の時代は幕を開けているのです。


   私は三田の駅前で生まれ、育ちました。幼い頃、三田祭りの混雑で祖母からはぐれ、迷子になって泣いていたのを今でも鮮明に覚えています。週末は三田駅前のサンエーやニチイで買い物をして遊んではくたくたになっていたものです。六甲山を背景に、祖父母といっしょに2階の欄干から見る打ち上げ花火は、私にとって三田の象徴でした。

 しかし、今、三田はすっかり変わってしまいました。デパートの相次ぐ撤退、商店街は昼間にもかかわらず閑散とし、隣接する市の大型アウトレット店は軒並み繁盛しています。ニュータウン開発が明らかに人の流れを変えました。

 これまで私は、記者として地方行政を見聞してきました。年間100人以上もの若者が流出している小さな町や過疎が進み医師がいなくなった無医村などを見るにつけ、ふるさとの三田も決して他人事ではないと不安に思う気持ちが日増しに強くなっていきました。真面目に働くだけでは決して幸せになれない、行政の最適な仕組みづくりを「今」構築しなければ、私たちの将来はどうなってしまうのだろう?このことを真剣に考え、悩み続けました。

 昨今のヤミ専従、クリーンセンター職員の公金着服、市職員の勤務中の不祥事などは三田をどういう街にしたいかという将来ビジョンをみなが明確に共有できていない表れではないかと思います。今こそ志と倫理という基本中の基本に立ち返らなければならないのではないでしょうか。

 生まれ育った街が衰退していく。水道料や国保料などの税金や医療費は高止まりし、さほど緊急度が高いとも思われないハコモノが造られていく――。誰の意思の反映なのでしょうか。多くの市民が本当に「今」それを望んでいるのでしょうか。

 三田市の活性化のためには、例えば産官学の連携、小出しのイベントを定期的に起こすなどさまざまな手段が考えられます。特に若い世代、三田市の将来を真剣に案じる若い世代が声を出していかねばなりません。これはとても大事なことです。私はその手段の一つとして、政治があると考えます。今までのような利益誘導型の談合型政治家ではなく、政治家自らがアクションを起こし、人が集まり、そのエネルギーが伝播していくことにより街が活性化する。そういったアプローチの仕方でも魅力ある都市を実現できるのではないかと思っています。

 市民の方々と話していて痛感したことがあります。それは、多くの方々が市政に対して不満や要望など言いたいことがたくさんある。けれども、それを誰にどう伝えていいかわからなかったり、努力して伝えたところでどうせ何も変わらないというあきらめでした。と同時に、心の底ではみな自分たちの住む三田を愛している・愛したいという思いも強く感じます。私もまったく同じ気持ちです。政治は、変わろうと思えば今日にでも変わることができるはずです!一緒に西国の雄藩・三田市を創っていきませんか!


 私には、地盤・看板・鞄どれひとつありません。裸一貫、度胸ひとつで飛び込みます。
 皆様との対話だけを頼りに、生涯を政治に捧げる覚悟です。