2008年を今、振り返ると、なんとなく漫然とした現在の思いとは裏腹に、実に様々な体験をしていることに思いが至る。主に選挙関係なのだが、否、それ以外にも少なからず僥倖もあった。
メディアの世界から政治の世界に飛び込んだ。実際に行動に移すまでどれほど多くの懊悩の時間を費やしたのだろう。1月、吹雪の日本海岸で車の中、何時間も考え込んだ。2月、某政治塾で全国の若手政治家に多大な刺激を受け、彼らの背負う業を垣間見た。3月、鳥取の広い空を見上げ、4月、東京の狭い空を見上げた。5月、会社を辞め実家の三田に戻ったが、6月、やはり市議選出馬を取り止め、違う進路を考えた。7月、神戸の海の大きな入道雲をただ見上げていた。そして8月、手探りで駅立ちを始め、9月、市議会選挙に挑戦した。10月、11月、12月、時は流れ、私の周囲はいろんな意味で変わった。
時の流れはあまりに早くて、私はそれを掴まえることすらできない。時が刻一刻と過ぎ去っていくのに、周囲の変化がすさまじい勢いで変転していくのに、自分だけが置いてけぼりを食っているように感じる。世界は広い。私は世界を知らなさ過ぎる。自分の足跡をしっかりと地に刻みつけていかねばならない。
さて、この塵壺も半年に渡って書いてきた。ただ前だけを見て全力で疾走した半年間だったように思う。いつか懐かしさからまた思い出したように読むかもしれない。そのとき、当時は気づかなかった新たな知見が得られるやもしれぬ。―2008年12月28日未明、終わる。
しばらくは大海に浮かんだ小舟の中で夜空の星々を眺めよう。
峨眉山月半輪秋(蛾眉山に半月が昇る秋の夜)
影入平羌江水流(月光が平羌江の水面に映っている)
夜発清渓向三峡(私は舟で西に向かう)
思君不見下渝州(自分一人の孤独な旅だ)
李白
本年は大変お世話になりました。来年も引き続きよろしくお願い申し上げます。良いお年を!
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昨日は12月議会の代表質問が行われました。私は前日からワクワクドキドキしてあまり眠れず、まさに小学生のときの遠足前夜を思い出しました。わが創世会からは前中敏弘政調会長が代表質問を務め、しかもトップバッターでした。前中議員は質問原稿を用意せず、三田の過去から未来に向けてのテーマで30分間淀みない演説を行いました。まさしく三田の希代の名市会議員といえるでしょう。
以下、新政みらいの三木議員(ホームページ)、公明党の平野議員、共産党の中田議員(ホームページ)、民主党の美藤議員(ホームページ)、盟友会の福田議員ら計6名の議員による代表質問でした。中田議員のときは当局もなかなかヒートアップしてましたね。
やっぱり議会の論戦はいいものです。市会新参者の私は、これぞ政治の表舞台だなーと思いながら聴いていました。
今日は一般質問。わが会派からは北本議員と関口議員(ホームページ)が登壇いたします。時間のある方は傍聴にお越しくださればさいわいです。
※ ※ ※
話は変わりますが、今年になってから私の見た目が24、25歳くらいに見えるとたびたび言われてきました。なんと今日も言われちゃいました(@0@;)/議員をしている以上、29歳以上に見えるようしっかりしなくてはと思ってはいるんですが・・・・。ただでさえガキなのにさらにガキに見えてしまう(T T)。
大学の応援団時代はスキンヘッドにひげをたくわえ、ちょっと危ない雰囲気を出していたので、みなから「どうみても40過ぎのやばいおっさんにしか見えない」とよく言われたものなんですが。
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石原慎太郎氏の新著『私の好きな日本人』(幻冬舎)を読んだ。前に出た『オンリーイエスタデイ』の続編のようなエピソード集。石原氏の本を読むたびに、氏の論調と小生の考えていることの多くがピタリと符合するので、大いに納得する点多々あり一気に読める。今回取り上げられているのは、ヤマトタケルノミコト、織田信長、大久保利通、広瀬武夫、岡本太郎、賀屋興宣、横山隆一、五島昇、小林秀雄、奥野肇。
石原氏が冒頭取り上げたヤマトタケルノミコトは、奇しくも今、私も興味があって調べていたところの人物であった。
卑弥呼→い与→謎の王朝→ニニギノミコト→謎の王朝→ヤマトタケルノミコトの親父・・
ここらへんの実態を空想するのはまことロマンが尽きない。私の推測では、古代日本は大陸から朝鮮半島を渡って来た複数の人種間の抗争だったのだろうと思うが、なかでも石原氏は異人種の女を犯すという動機が抗争の大きな要因のひとつであったと指摘している。これは日本に限らず世界中でそうだったのだろう。
人間を含む地球上の生物界に占める根本原理は詰まるところ殺し・殺されることに行き着くわけだと私は勝手に思っているが、以下の詩が少しの示唆を与えてくれよう。
君に情熱を教えよう。行為の善悪を「判断」せずに行為しなければならぬ。
善か悪かを懸念せずに愛すること。
平和な日を送るよりは、悲痛な日を送ることだ。私は死の眠り以外の休息を願わない。
私の一生を満たし得なかったあらゆる欲望、あらゆる力が私の死後まで生き残って私を苦しめはしないかと思うと慄然とする。
私の心中で待ち望んでいたものをことごとくこの世で表現した上で、満足して―あるいは絶望し切って死にたいものだ。
アンドレ・ジイド『地の糧』より
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デザインを変えてみました。フォントがくっきりとして読みやすくなったのではないかと思います。右のバーにも月ごとのアーカイブを表示してみました。これ作ってからもう半年になるんですね。時の流れの早さにただ呆然とするばかりです。
■ 12月4日付朝日新聞社説「財政路線の転換=危機克服にこそ規律を」
今日の朝日の社説は2段ぶち抜きで、麻生政権の赤字国債発行や道路特定財源の一般財源化などの経済政策のブレを批判している。かつて、2011年のプライマリーバランスの黒字化達成を目指していた小泉政権の真っ只中、私は就職セミナーで財務省の課長補佐を交えて今後の財政再建の道筋について話し合っていたときのことを思い出しながら読んでいた。「現在の国地方合わせての長期債務が国内総生産(GDP)の1.5倍に達しようとしているこの原因は、政官一体となった放漫財政にその主因があったといわざるをえない」との課長補佐の言葉を今でもはっきりと覚えている。
学生心にこれはなんとかしなければという思いと、長期債務をGDPの1/3くらいまで低下させるにはあと100年くらいはかかるんじゃないかという悲壮感を感じたものだ。もちろん、今でもその思いは変わらない。
財政の問題というのは、非常にざっくりと簡単に言うならば、国が借金をしてお金を使うか、それとも借金しないでお金を使わないかという2者択一なのだが、後者の改革路線の場合、昭和恐慌を引き起こした悲劇が思い出される。そうかといって、前者のような田中角栄的な公共事業バラマキ型では「行け行けどんどん」な経済構造となってしまい、走り出せばもう誰も止めることができなくなり、結果バブルを引き起こして経済は一気に冷え込んでしまう。
強い政治力で経済のバランスを保ちつつ1歩1歩文明の水準を高めていく、というのが変わらない結論だろう。朝日も似たような論調でしたが。ただ、「強い政治力」というのが日本では一番難しい気がする・・・。
■ あたらしい生命保険の提案(ライフネット生命保険)
→NIKKEI・NET「ライフネット、生命保険の「原価」を開示」
「保険とかの金融商品なんてどこも手数料がバカ高い」「どこでもサービスは同じ」などといった顧客の声が圧倒的な保険業界。顧客軽視がよく問題となるこの業界で、今年の5月に開業を果たしたライフネット生命保険が順調な滑り出しを見せている。売りは①インターネット販売をメインチャネルとすることで縮減した営業コスト分を商品価格に還元②シンプルでわかりやすい商品ラインナップ③透明感があり信頼できそうなコーポレートガバナンス体制、閉塞感漂う保険業界打破への期待感、などが受けているとみられる。
なにも私はライフネット生命の回し者ではないし、これを読んでる方々に商品を勧めるとかいうわけでもないのだが、かつて日本生命に月額1万3000円くらいで加入していた私からすれば、あんな高額の保険掛け金なんて本当に無駄だったなあと思うわけであります。すべては保険のおばちゃんの口車やおまけの品々で乗せられてしまったわけでありますが、カスタマー側からすれば、保険で大事なのはやはり「無駄のないシンプルな商品」だということです。
ライフネット生命はそういう保険の本質をきちんと突いている会社だと思います(今後、会社の経営がどうなるかは誰にもわかりませんが)。ちなみに私は副社長の岩瀬大輔氏のファンです。大学時代の友人たちの間でも有名な人ですし、私が通信社の経済班にいたころもファンド擁護論で活躍していました。私もあんな風に人生歩んでみたいなあとうらやましく思ったりしました。
→生命保険見積もり
→副社長岩瀬大輔氏
12月議会が1日始まりました。2日は「議案熟読」という地方政治業界用語の日で、議会はありません。私もしっかりと「議案」の内容を「熟読」しておきました。3日は陳情願いの締切日。次の議会は10日、11日に行われ、各会派の代表質問、個々の議員の一般質問となります。それと前後して各常任委員会が開催され、細かい議案が審議されます。そして、19日に閉会となります。
初めての議会なもんで、しっかりと先輩議員のやり方を肌で覚えます。
さて、12月に入り、忘年会シーズンですね。私は若輩者なので、宴席では挨拶に行く度に必ず2,3杯は飲まされますが、酒は大学時代に慣れっこなので引き続きがんばりたいと思います。問題は、30歳を間近に控え、摂取分がすべて脂肪に変わるという体質の変化であります!
というわけで、野菜と果物の摂取に極力努め、毎夜運動することにしました。昨日と今日は人と自然の博物館のある深田公園を走りました。自然の中で汗だくになるのは、実はぜいたくなことだったんだなあと痛感しました。星もきれいでした。
→兵庫県立人と自然の博物館
経営再建中の日本航空(JAL)の西松遙社長の年収は960万円、通勤は都バス、食事は社員食堂という。世界的大企業のJALを見習って(?)、わが三田市の竹内英昭市長も年収を20%削減、通勤もJR、食事も地下食堂で済ませているなど常に緊張感を持っておられるのが傍で見ていてよくわかります。改革を進めるにはまずトップが変わらないと話になりませんし、もちろんトップだけしか変わらないのでは意味がありません。次は議員?
法政大学応援団チャンスパターン(1996年)
さて、閑話休題。YouTubeで久しぶりに応援団の動画観ました。私は現役時代、生きるか死ぬかの緊張感ある応援団にあこがれたものです。96年ごろは輝いていた時代だったと思います。
告知です。
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